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自費出版:文章系

ものの見方について気づかされました。

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皆様へ「ありがとうございました」
「記憶の花々」の蝶々も産みの苦しみを味わわせましたね。今はゆっくり本の表紙の裏で休んで下さい。この本を手に取ったときは、蝶々を思って「実は秘密があるんだよ」と、ひとりニンマリしています。本当におちゃめな素敵なユーモアですね。
表紙について編集部長さん(出版部長さん)にお話ししたとおり「王道をゆくできばえ」としかいいようがない、りっぱなものにしていただきました。
夫は「これは大変な努力やねえ、三つ位山があったと思うねえ」と編集の大変さを語っていました。
「まずバラバラなものを集めて分類する、足りないものを加える、そして流れをつくる……ようできている」
個々については私の夕焼け小焼けの絵が「元はもっと暗くて哀愁があったがそれが消えたよ……」と少し残念そうだったのが、「わかった、この絵を明るうしたのは子育ても楽しいという印象にしたのがや……」と言い、私は「最後のページやし明るく、締めくくりたいしね」と応じました。それから夫は二つを比べて「明るうなった分明日に向うての活力を感じる生命の輝きという題にふさわしいものになっているねぇ」「この画自体が生命の輝きそのもの!子供の顔が希望に満ちている」と言いました。私もこの絵だけでなく随所に編集者さん達の愛情を感じます。
スキャンの成果とも思いますが、立体的によく表現されていて夫は水引草を手で触って「まるで本物みたい、ホラ、ポロポロこぼれるよう」とゴマ粒のような花をさすっていました。また帯の「記憶の花はいつも家族と共にあった……」の文章を「よう選んできちゅう、本文とは又味わいが違う。これだけで一つの詩になっちゅうぜよ」とホントに感心していました。
夫は前も言っていましたが、「別れ」の詩の絵の片隅の「さよなら」が実際の詩以上のインパクトがあると、そして「この詩を読むたびに読者にもこの『さよなら』を目に止めてほしいと思う」
また表紙の「花の力と言葉の力で描く生命の輝き」という見出しを見たら「どんなことを書いちゅうか、ページを開けてみたいという興味をそそる」と言いました。「ページを開けてみたいんぜよ」……
「これは必ず書いちょってと言いますが構成と編集の努力に感謝したい」と強調します。
更に、前も言っていましたが、今も、「それぞれの題が文章にふさわしいものになっている」と繰り返します。
詩の配置「ひぐらし」「彼岸花」「峠」もそれぞれが適確なところに置かれていて効果的やとのこと。次第に横へ来て「どうや感想は出し尽くしたろう」と得意気です。そして「あと一つこれは俺の自慢ぐせやけどね」と言いながら「俺も一つ参加しちゅう、ホラ、もうすぐ水泳開禁日よえ」と言いつつ逃げてゆきました。

一つだけありゃっと思わされたのが、私の知識不足ですが、水引草のパンパイヤーの模様は弘法大使の筆を拭き取ったからできたものだそうです。
葉を半分に折ってシュッと筆を拭きとった跡との見立てで「ふでふき草」との別名があると昨日、夫の従姉さんに教えてもらいました。
これはこれは弘法さんに悪いことをと思いつつ、真言宗はまぁ密教の神分もあるし、許していただこうと気をとりなおしました。
もう絶滅しそうな花も取り込んで本当に良かったと思っています。花の思い出で、本には書きませんでしたが三年くらい前、長男の結婚式の時、終わりに帰られる方へ挨拶に並んでいると、長男の取引先の私達と同年配の男性の方が花束を作って渡してくれ、「この花は息子さん2人を立派に育てたお母さんへどうぞ」と言ってくれました。思いがけなかったですが、それを受け取り、しみじみうれしかったことでした。そんなことも思い出しながら、この本ができて子供達のよき思い出も書き残せて良かったと思っています。
知人の方が「第2の人生の終わりに本を出す人はいるが、初めに出す人はそうおらん えらいえらい」と言ってくれました。
今も夫と二人朝起きると見て、夜寝る前も見てというふうです。
皆様のおかげさまと感謝申しあげます。
乱文お許しください。

記憶の花々』 古味なほ子 さん(高知県在住)

 

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